古賀まり子「お母さん」

小川軽舟の俳句は、死ぬときはこうありたいという願望の句だが、古賀まり子の臨終の母をみとった俳句も忘れられない。

「今生の汗が消えゆくお母さん」

心拍が止まり、生命活動が停止した母の身体から汗が消えて、冷却が進んでいく。それを静かに見詰めている娘の古賀まり子。「今生の汗が消えゆく」冷静な抑制された語り口を続けるなら、普通は「母」の文字へとつながるだろう。しかし、最愛の人への別離と感謝の情は、今まで何千、何万回と呼んできた「お母さん」という生の言葉でしか、言い表せぬものだった。まさに作者の悲しみと万感の思いが、ひしひしと伝わってくる下五である。

作者は20際に結核のため療養生活を余儀なくされ、30代になるまで母の献身的な介護を受けた。親子二人の歩んできた人生を回想する時、その悲しみは型にはまった言葉や表現をはみ出しておさまりきらず、慟哭の肉声として出現したのだ。
この句を初めて読んだ時、作者古賀まり子のことは何も知らなかったが、胸につきささるような感覚に捕らわれた。たった十七文字でも人を泣かせ得る、すごい俳句である。

古賀まり子は、大正13年神奈川県生まれ。水原秋桜子に師事。「馬酔木」同人。