大晦日

31日大晦日である。
年末になると今年の物故者が報道される。年齢が近い子供の頃から知っている有名人が亡くなっていく。身の回りでも肉親や一緒に働いた先輩が亡くなった。死が身近に迫り、これが歳をとるということかと思う。養老孟司は「死は二人称でしかない」という。一人称は私の死で、死んだ時に私はいない。だから現実には無いのと同じである。三人称は誰かの死。どこか遠いところで誰かが死んでも感情は動かない。この死もまた存在していないに等しい。二人称は知っている人の死である。あなた・君の死は確実に人に影響する。この二人称の死以外は人にとっては無いに等しい、というのだ。本当にそうだなと思うが、何人称で認識しようが、現実に死は存在する。人は毎日死に向かって行進を続けている。一日一日を大切にしていくしかない。一年を区切ることは、有限な人間に生の時間を意識させることになる。


歳晩の水を見てゐる橋の上


加藤耕子の句。