2015-08-01から1ヶ月間の記事一覧
【虚子探訪(188)】 「慟哭せしは昔となりぬ明治節」 昭和6年11月13日。東大俳句会。丸ビル集会室。 明治という時代に対する深い思い入れが当時の人にはあったのだろう。明治時代は大変化の時代であり、日本は根底から揺さぶられたのである。乃禾大将の殉死と…
【虚子探訪(187)】 「たてかけてあたりものなき破魔矢かな」 昭和6年11月6日。『週刊朝日』新年号のために。 破魔矢の神聖を感じさせる句。 「酒うすしせめては燗を熱うせよ」 薄い酒は飲めんなあ、せめて燗は熱くしてくれと虚子先生の文句あり。
【虚子探訪(186)】 「秋風や生徒の中の島女」 昭和6年10月23日。鎌倉俳句会。江の島金亀楼。 事実をそのまま句にしたような俳句。江の島の住人の子ということに感興を感じたのかな。 面白味はない句と思うが、どうでしょう。 「浦安の子は裸なり蘆の花」 昭…
【虚子探訪(185)】 「仲秋や大陸に又遊ぶべく」 昭和6年10月9日。東大俳句会。丸ビル集会室。 大陸旅行は楽しかった、また行きたいと思う仲秋のこの頃。 句としては、つまらない印象。 「初潮に沈みて深き四ツ手かな」 昭和6年10月22日。丸之内倶楽部俳句会…
【虚子探訪(184)】 「われの星燃えてをるなり星月夜」 昭和6年9月17日。丸之内倶楽部俳句会。 星空に輝く数多の星の一つ、あれが私の星と決めた。煌々と燃える我が星。 「秋風のだんだん荒し蘆の原」 昭和6年9月18日。家庭俳句会。羽田穴守海岸吟行。 蘆原に…
【虚子探訪(183)】 「大蛾来て動乱したる灯虫かな」 昭和6年8月14日。東大俳句会。 大きな蛾が飛んできてそれまでの秩序が壊される。「動乱」の言葉が象徴的。 「蜘蛛の糸がんぴの花をしぼりたる」 昭和6年9月6日。武蔵野探勝会。忍、川島奇北邸に赴き、大利…
【虚子探訪(182)】 「火の山の裾に夏帽振る別れ」 昭和6年6月24日。下山。とう等焼岳の麓まで送り来る。 別れの時は来る。何度も帽子をふり、さようならと挨拶をしたのだろう。 「夕影は流るる藻にも濃かりけり」 昭和6年7月19日。武蔵野探勝会。古利根。 夏…
【虚子探訪(181)】 「草抜けばよるべなき蚊のさしにけり」 昭和6年6月18日。丸之内倶楽部俳句会。 草を抜いたら蚊に刺された。ねぐらを無くしてしまい、「よるべなき」境遇となった蚊の怒り。 「飛騨の生れ名はとうといふほととぎす」 昭和6年6月24日。上高…
【虚子探訪(180)】 「早苗とる水うらうらと傘のうち」 昭和6年5月16日。丸之内倶楽部俳句会。第1回。 早苗捕りの作業をする人の笠の内側に、水面に反射した日の光が明るくのどかに輝いている。 「つくばひのよく濡れてをる端居かな」 昭和6年6月16日。水無月…
【虚子探訪(179)】 「植木屋の掘りかけてある梅一輪」 昭和6年4月17日。家庭俳句会。矢口村、新田神社。植木屋にある掘りかけの梅の木。移植の途中の梅に思いを寄せて、見たままの景を句にした。 「川波に山吹映り澄まんとす」 昭和6年4月22日。丸之内会館。…
【虚子探訪(178)】 「蜥蜴以下啓蟄の虫くさぐさなり」 昭和6年3月13日。東大俳句会。爬虫類の蜥蜴を啓蟄の虫に分類しているところに違和感あり。「くさぐさ」は、いろいろ、さまざまの意の雅語的表現。 「土佐日記懐(ふところ)にあり散る桜」 昭和6年4月2日…
【虚子探訪(177)】 「蕗の薹の舌を逃げゆくにがさかな」 昭和6年2月20日。家庭俳句会。発行所。蕗の薹の苦みがすっと走る。「舌を逃げゆく」という言い方が気にいったのであろう。 「紅梅の紅の通へる幹ならん」 昭和6年3月12日。七宝会。葉山、水竹居別邸。…
【虚子探訪(176)】 「せはしげに叩く木魚や雪の寺」 昭和6年2月12日。七宝会。鎌倉、たかし庵。 雪が降りしきるお寺、読経の途中に叩かれる木魚もせわしげである。 「大試験山の如くに控へたり」 昭和6年2月13日。東大俳句会。丸ビル衆会室。 「大試験」名前…
【虚子探訪(175)】 「東より春は来ると植ゑし梅」 昭和6年1月17日。椎花庵招宴。東から春が来るというのは、太陽の運行に合致するからだろうか。西から来ると言われてもピンとこないかもしれない。いち早く春を感じるには梅がよい。 「菅の火は蘆の火よりも…
【虚子探訪(174)】 「秋山や椢をはじき笹を分け」 昭和5年9月30日。第2回武蔵野探勝会。多摩の横山。 秋の山道はクヌギの木の枝を掃い、笹の葉を分けて進んでいくのである。山歩きの大変さがよく伝わってくる句。 「鉛筆で助炭に書きし覚え書」 昭和5年12月8…
【虚子探訪(173)】 「蜘蛛打つて暫心静まらず」 昭和5年8月1日。家庭俳句会。蜘蛛を殺そうと叩いたのだが、しばらくは平静な心に戻ることはなかった。やはり殺生戎に触れるからであろうか。 「もの言ひて露けき夜と覚えたり」 昭和5年8月26日。鎌倉俳句会。…
【虚子探訪(172)】 「炎天の空美しや高野山」 昭和5年7月13日。旭川、鍋平朝臣等と高野山に遊ぶ。 7月の高野山は、炎天下ではあったが青空が一面に広がり美しい姿を見せてくれた。 「闇なれば衣まとふ間の裸かな」 昭和5年7月24日。東大俳句会。闇の中で着替…
【虚子探訪(171)】 「落書の顔の大きく梅雨の塀」 昭和5年6月29日。玉藻句会。真下邸。 屋敷町のとある塀に描かれた大きな顔の落書。露の憂さをはらす小さな発見。 「這入りたる 虻にふくるる花擬宝珠」 花のつぼみの中にアブが入り込んで大きさを増し、まる…
【虚子探訪(170)】 「春潮といへば必ず門司を思ふ」 昭和5年3月。春潮は必ず、荒々しい門司の海を思い出すのである。虚子には、忘れられない風景を見たのであろう。「門司を思ふ」と字余りの強い断定。 「ふるひ居る小さき蜘蛛や立葵」 昭和5年6月27日。鎌倉…
【虚子探訪(169)】 「ほつかりと梢に日あり霜の朝」 昭和5年1月19日。発行所例会。 霜の朝の光景。梢に乗った朝日のほんのりとした朝日の明るい様子が詠まれる。「ほつかりと」は「ぽつかりと」が推敲された。 「栞して山家集あり西行忌」 昭和5年3月13日。…
【虚子探訪(168)】 「藪の穂の動く秋風見てゐるか」 。 昭和4年10月10日。七宝会。鎌倉浄明寺、たかし庵に於て。 藪の中の穂が風に揺れている。すっかり秋の気配となったなあと感じているのである。 「子供等に双六まけて老の春」 昭和5年1月5日。鎌倉俳句会…
【虚子探訪(167)】 「病身をもてあつかひつ門涼み」 昭和4年7月16日。安田句会。病気療養中の身であるが、門に出て涼んでいるのである。「もてあつかひつ」などといわれると、随分突き放したように自分の肉体を見ているのかなと思う。 「石ころも露けきもの…
【虚子探訪(166)】 「止りたる蠅追ふことも只ねむし」 昭和4年6月11日。平壤、お牧の茶屋。止った蠅をめんどくさそうに追払った。ただひたすらに眠い作者である。 「短夜や露領に近き旅の宿」 昭和4年6月27日。老人会。肋骨、峰青嵐、楽天、落魄居、楽堂、為…
【虚子探訪(165)】 「旧城市柳絮とぶことしきりなり」 昭和4年。5月14日発、満州旅行の途につく。江川三眛東道。5月27日、遼陽に至る。 「柳絮」は、春に柳の実が熟し綿状になって飛ぶものをいう。「旧城市」は、遼陽のこと。荒れ果ててはいるが城の面影を残…
【虚子探訪(164)】 「眼つむれば若き我あり春の宵」 昭和4年4月。眼を閉じれば若かりし自分が思い出される。裏返せば、もう若くない自分を自覚しているのである。 「漕ぎ乱す大堰(おおい)の水や花見船」 昭和4年4月8日。渡月橋の上手より舟を傭ひて遡上。保…
【虚子探訪(163)】 「虻落ちてもがけば丁字(ちょうじ)香るなり」 昭和4年3月18日。発行所例会。アブが落ちて命の終りともがく姿がある一方、丁字の花は満開で香りがひろがっている。自然界を冷徹に見た句。 「後手に人渉(かちわた)る春の水」 昭和4年4月1日…
【虚子探訪(162)】 「ゆるやかに水鳥すすむ岸の松」 昭和4年1月。ゆっくりと岸辺の松の木にむかって水鳥が進んでいく。 「此村を出ばやと思ふ畦を焼く」 昭和4年2月。この村を出ようと決意した青年が黙々と畦を焼いている。それは昔の虚子の姿か。
【虚子探訪(161)】 「流れ行く大根の葉の早さかな」 昭和3年11月10日。九品仏吟行。あまりにも有名な一句。多摩川を大根の葉が流れてゆく。一瞬の出来事に、この世界の実相を感じ取ったのである。 「寒き風人待ち来る暖炉かな」 昭和3年12月。外は寒い風が吹…
【虚子探訪(160)】 「ふみはづす蝗の顔の見ゆるかな」 昭和3年10月。足下が悪いのか、ふみはずしたイナゴの顔は驚いた顔をしていたか。顔を近づけてよく みないと詠めない句。 「秋風に草の一䈎のうちふるふ」 秋の風を感じる季節になってきた。草の一葉がう…
【虚子探訪(159)】 「旅笠に落ちつづきたる木の実かな」 昭和3年10月20日。泊月、王城と八幡の男山に遊びまた大阪に至る。住友倶楽部に於ける無名会に出席。 旅人の笠の上に木の実が、落ち続ける。秋だなあ。 「御室田に法師姿の案山子かな」 昭和3年10月23…