人間には好不調の波がある。バイオリズムというやつですね。何をしても裏目でついていない日というのがある。岐阜県知事選挙の投票に町のコミュニティセンターに行く。スプレー缶の集積場所なので投票ついでに持っていくつもりが忘れる。老健施設にいる母の面会が平日しか駄目とわかり訪問予定だったが中止する。隣家に用事があったが一日不在で会えず。昼食を食べに行った店が改修工事で休み。こんな日もある、不運を拡げないよう家に隠ることにした。
着ぶくれて運がいいとか悪いとか
2019年に出した第二句集『稲津』の自解シリーズをスタートさせます。2013年9月から2018年12月に詠んだ312句を順次紹介していきます。まずは、2013年「月白」より。
【句集『稲津』(1)】
退職す雲一つなき秋の空
第一句集『萩原』は、55歳の定年退職を記念して作成した。その最後を「退職の書類書き終え秋の暮」の句で絞めた。定年退職の手続きに人事部へ向かう電車から見た空は雲一つ無い青空であった。32年勤めた銀行を退職し関連会社に転籍した。
群鶫北の波濤を越え来たる
11月頃になると、北のシベリア地域から日本海の荒波を越えて鶫(つぐみ)などの渡り鳥が群れをなして飛来する。昔は貴重なタンパク源としてカスミ網を使った小鳥狩が行われた。高浜虚子、松本たかし、阿波野青畝らが恵那の地で見た小鳥狩の句を残している。有名な虚子の「木曽川の今こそ光れ渡り鳥」もその一つ。
昭和の半ば頃までは、水力を利用するため大小の水車があちこちに見られた。もっと簡便な動力が普及して、風景から水車は消えた。住んでいる近くの「道の駅おばあちゃん市・山岡」に、客寄せのモニュメントとして大水車が回っている。直径24メートルの木製水車で国内最大級の大きさを誇る。眼下に広がる小里川ダム完成を記念して作られた。
結社誌「南風」が届き、「光彩抄」のコーナーで私の水車の句が取り上げられていた。選者は西浦佳苗さん。
秋の水落としてまはる大水車
「秋の澄んだ水が真っ黒な大水車を回し飛沫が辺りの秋草を濡らす。只事のように見えるが深みのある句。昔は随分と働いた水車にいま郷愁の眼差が注がれる。」いただいた選句のコメント。
風邪をひいた。朝から鼻水が止まらない。マスクの下はなんとも悲惨なことに。たまらないので昼休みに金山駅のマツキヨへ風邪薬を買いにいく。ついでに金山駅2階の本屋へ行き、1月発売の中公文庫『四季のうた』を買う。長谷川櫂の『四季のうた』シリーズも何冊目だろう。最初は新書で出ていたが最近は文庫で出すようになった。読売新聞の連載中コラム「四季」をまとめたアンソロジーである。大岡信の『折々のうた』に続く長期シリーズになりつつある。未知の短歌や俳句への入口としてアンソロジーの果たす役割は大きく、四季ある日本は詩歌の国であることをあらためて思う。最新刊の『四季のうた』は、天女の雪蹴りの副題で表紙には蜜柑の絵と洒落ている。2018年4月からの1年分を収録。
水仙の束解けば花手にあふる
林亮の句。
現在、岐阜県現代陶芸美術館で「アンドリュー・ワイエスと丸沼芸術の森コレクション展」が開催されている。ワイエスの絵がこんなに近くで見られるのがうれしい。私がアンドリュー・ワイエスの作品と出会ったのは高校1年の時だった。美術部の顧問は「えっちゃん」と呼んでいた若い女の先生で、京都国立近代美術館で国内初開催だった「アンドリュー・ワイエス展」に美術部員を連れていってくれた。同時に他会場で「セザンヌ展」も見たはずだが、ワイエスの作品の方に強く引き込まれ、以来ファンとなった。ワイエスは病弱で学校へも行かず、挿絵画家の父に絵を習ったという。ワイエスはオルソンハウスを拠点に、ひたすら田舎の自然と生活を描き続ける。私がワイエスから教えてもらったことは、美も詩も彼方にあるのではなく、自分が見つけにいくものだということだった。
今回の「アンドリュー・ワイエスと丸沼芸術の森コレクション展」は3月14日まで開催。
寒の水こぼれて玉となりにけり
右城暮石の句。