虚子探訪(146) みちをしへ

【虚子探訪(146)】

 

俳諧の旅に日焼し汝かな」

 

昭和2年8月8日。枴童(かいどう)上京の為、発行所小集。清原枴童は上京して虚子に師事。後に博多毎日新聞社、勤務し俳壇を設置し選者となる。大正14年「木犀」創刊主宰し、俳句普及に貢献した人物。俳句の道に邁進する枴童へのねぎらいと賛辞の挨拶句である。

 

「此方へと法の御山のみちをしへ」

 

昭和2年8月11日。改造社主催講演会に出席のため高野山に赴く。「法の御山」は高野山である。高野山に飛ぶ斑猫とのとりあわせ。「みちをしへ」の名に感じるものがあったか。