電信柱のある宇宙

下手に電信柱。その下にベンチ。あとは何もない。夕方である。風が吹いている。犬の遠吠え。夜まわりの拍子木の音と《火の用心》の声。


別役実の1977年の戯曲『にしむくさむらい』のト書きである。別役実の舞台空間はいつも電信柱とベンチがある。どこでもない場所で、男1とか女1と記号のような登場人物が芝居を繰り広げる。「電信柱のある宇宙」と言われた異界が出現する。今から思えば、それはベケットの『ゴドーを待ちながら』の日本的な変奏だったように思う。別役実の戯曲の風景は広がっているし、風は今も吹いている。