中村苑子 自選9句

中村苑子の俳句は、最初とても嫌いだった。他の俳句に比べてあまりに死のイメージの喚起力が強く、観念的に思えたからだ。しかし、夫を戦争で亡くし、自らも死にそうになった体験を持つ作者には、生死とは眼前にある現実であった。生死を往還する独自な世界がひろがる。

「春の日やあの世この世と馬車を駆り」

「凧(いかのぼり)なにもて死なむあがるべし」

「翁かの桃の遊びをせむと言ふ」

「蝉の穴覗く故郷を見尽くして」

「五六人沖の満月へと泳ぐ」

「天上もわが来し方も秋なりき」

「笹鳴きに覚めて朝とも日暮とも」

「うしろ手に締めし障子の内と外」

「俗名と戒名睦む小春かな」


中村苑子、大正2年生。「春燈」所属。昭和33年高柳重信と「俳句評論」を創刊。
『俳句の生まれる場所 片山由美子対談集』掲載の自選十句から、でもなぜか1句足りない9句。